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Part1 頭頸部領域
03
くも膜下出血と見誤るな!~pseudo-SAH~

pseudo-SAHは低酸素脳症など救急診療の差し迫った状況でも生じうる病態であり,くも膜下出血と誤診するととり返しがつかないことがある.本項ではpseudo-SAHについて述べる.

pseudo-SAHのキホン
- pseudo-SAH(pseudo-subarachnoid hemorrhage)とは,CTやMRI(主にはCT)にて「くも膜下出血と類似した画像所見を呈するもの」の総称である.
- 低酸素脳症によるびまん性脳浮腫で認められることが多く4,5),心肺停止後の低酸素脳症では20%に認められたとの報告もある4).
- CTでのpseudo-SAHは,低酸素脳症以外にも両側硬膜下血腫6),小脳梗塞7),脳炎や血管炎,古典的にいうgliomatosis cerebri(最新のWHO2016分類では単一病態としては認められなくなった),低髄液圧症候群(最近は脳脊髄液減少症あるいは脳脊髄液漏出症と呼称される)8),化膿性髄膜炎,ヨード性造影剤投与後などで認められたとの報告がある.
- pseudo-SAHが生じる主な機序としては,①びまん性の脳実質腫脹により還流できずに拡張した軟膜静脈(静脈などの血液は脳実質よりもCTでの吸収値が高く,それに脳実質の浮腫による吸収値低下が加わって脳実質の表面に高吸収域があるように見える),②脳脊髄液自体の吸収値の上昇(化膿性髄膜炎,ヨード性造影剤投与後の場合)などが想定されている.
- 真のくも膜下出血とpseudo-SAHとの鑑別ポイントとしては,以下のものがあげられる.①真のくも膜下出血のCT値は約60~70HU(Hounsfield Unit)だが,pseudo-SAHでは一般に30〜40HU程度のことが多い4,5),② pseudo-SAHは一般に高吸収域の分布がびまん性で左右対称4),③脳浮腫が原因のpseudo-SAHでは脳実質の皮髄境界が不明瞭化していることが多い8),④静脈拡張が原因のpseudo-SAHでは造影すると高吸収域が増強効果を有する5).

図1 救急搬送の翌々日の頭部単純CT
くも膜下腔に沿ってびまん性に高吸収域が広がっている().一見するとくも膜下出血を疑う所見である.
文献1より引用.

図2 救急搬送当日の頭部単純CT
くも膜下腔に高吸収域は認められない. 文献1より引用.
まずは実際の症例をご覧いただきたい.症例は20歳代男性で,路上で意識障害の状態で倒れているところを通行人に発見され,救急外来に搬送された.救急搬送の翌々日の頭部CTが図1であるが,このCTをみて「最も考えられる疾患は何か?」といわれたら,「くも膜下出血が第一に考えられる」と答える方も多いであろう.ところが図2は救急搬送された当日のCTで,すなわち意識障害に陥った数時間後の画像であるが,くも膜下腔に高吸収域はなく,原因はくも膜下出血ではなかったことが分かる.じつは本例は路上で発見されたときにアルコール臭が強く,口囲には多量の吐物も付着しており,吐物の誤嚥による低酸素脳症のケースである.
低酸素脳症をはじめとした種々の原因により脳実質がびまん性腫脹をきたすと,本来は脳実質を経由して還流すべき軟膜静脈が還流できずに拡張してくる.血液のCT値は一般に30~40 HU程度(ヘモグロビン濃度に比例するため,貧血ではCT値が低下し血液の濃縮でCT値は上昇する)で,脳実質よりも吸収値が高いため拡張した軟膜静脈は「脳表面に沿った高吸収域」として認識される.低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症,脳脊髄液漏出症)において拡張した静脈も同様である.これに脳実質の浮腫も存在する場合は脳実質自体の吸収値が低下するため,両者(脳実質 vs. 拡張静脈)の吸収値の差はより明瞭となる.すなわちより「一見するとくも膜下出血のよう」に見える.ちなみに図1において「一見するとくも膜下出血のように見える高吸収域」のCT値を計測すると,38~41 HU程度であった.これは真のくも膜下出血(ヘモグロビンが血管内の血液より濃縮されている)が急性期において60~70 HUであるのに比して,明らかにCT値が低い.しかし脳実質の吸収値が低下しているので,相対的に(いわば目の錯覚として)かなり高吸収に見えてしまうのだ.例えば腹部CTではこのように拡張した静脈が血腫と間違えるくらいに高吸収になることはないが,頭部CTでは脳の灰白質と白質との吸収値の差をつけるためにウインドウ幅(window width:WW)を狭く設定しており,そういうわずかな吸収値の差が強調されて見えるのである.
下記の「まとめ」に記した点に気をつけて診察を行おう.
CTで一見するとくも膜下出血のような所見を認めても,臨床経過や画像経過がおかしい場合は「pseudo-SAHではないか?」と疑うことが大切.脳実質の腫脹の有無やCT値を計測することが鑑別の一助となる.