第60回 画像診断クイズ(肺)
正解
正解は選択肢4 分子標的薬が有効なことがある。
画像所見
肺野条件では両肺にびまん性の小葉中心性粒状病変を認める。縦隔条件では右室、肺動脈の拡大、上腹部レベルでは、胃壁の肥厚が疑われ、大動脈周囲のリンパ節腫大、後腹膜の浮腫性変化が見られる。
臨床経過
当院受診は金曜日の夜間であった。肺野CTの所見より過敏性肺炎の疑いにて入院となった。入院翌日、放射線科にてCT画像が読影され、胃癌および大動脈周囲リンパ節転移、胃癌を原発巣とするpulmonary tumor thrombotic microangiopathy(PTTM)が疑われた。同日、放射線科医より呼吸器内科担当医にPTTMが疑われる旨を連絡、その後、担当医からご家族へPTTMという予後不良な疾患が疑われること、急変の可能性について伝えられた。週明け以降、上部消化管内視鏡検査を含めた精査が予定されたが、入院より3日後、月曜日の午前に急速な呼吸状態悪化を認め、ICUへ入室。内視鏡検査は困難と判断された。ご家族には今日明日中にも死亡する可能性について説明がなされ、看取りの医療へ移行する運びとなった。同日午後、家族に見守られながら永眠された。死後、剖検が行われ、Borrmann4型の胃癌(低分化腺癌)、多発リンパ節転移、PTTMの確定診断がなされた。
PTTMとは
Herbayらによって1990年に初めて報告された疾患概念で、肺小細動脈に微小な腫瘍塞栓を生じ、二次的に肺血管内皮細胞の線維細胞性増殖と血栓形成をきたし、その結果、肺高血圧症やDICを惹起すると考えられている。PTTMでは腫瘍細胞が局所で増殖因子を放出することにより、肺動脈の血管内腔の線維増殖性変化を引き起こすとされており、増殖因子にはvascular endothelial growth factor(VEGF)、platelet-derived growth factor (PDGF)、 tissue factor(TF)などがある。原発巣は胃癌(59%)が最も多く、以下乳癌(10%)、肺癌(6%)、尿管上皮癌(4%)、膵癌(2%)、食道癌(2%)と続き、組織型では腺癌が最多である。早期胃癌での報告例もあり、原発巣の進行度とは必ずしも関係なく発症するとされる。予後は極めて不良であり、症状出現から死亡までの期間は平均9.5週とされる。酸素投与開始からの平均生存日数はわずか9日間であったとの報告もある。
PTTMの診断
胸部CTでは細動脈内の腫瘍塞栓および線維細胞性内膜増殖を反映した小葉中心性病変を認める。癌性リンパ管症を合併した場合には小葉間隔壁の肥厚を伴う。縦隔では右心系の拡大、肺動脈拡張、縦隔肺門リンパ節腫脹などが見られる。CT上、異常所見を認めない場合もある。確定診断には、肺生検(経気管支的、CTガイド下) やSwan-Ganzカテーテルを用いた肺動脈血細胞診が必要である。
PTTMの治療
原発の悪性腫瘍に対する抗腫瘍薬の投与が基本となるが、すでに抗腫瘍薬が投与されている状況でPTTMを発症した症例や、原発巣が不明でPTTMが診断された症例においては、対症療法として抗凝固療法や利尿薬が使用される他、肺高血圧症に対して肺血管拡張薬が使用される場合もあるがそれらの効果は限定的である。
PTTMの有効な治療法は確立していないが、原発腫瘍に対する化学療法の他、PDGF受容体に作用するイマチニブ、VEGF受容体に作用するベバシズマブなどで予後の改善が得られたという報告がある。
出題者からのコメント
PTTMは、近年では分子標的薬の使用により予後の延長が得られる症例もあり、早期診断の重要性が高まっている病態と思われます。また、本例のように全身状態不良で治療困難な症例もあると思われますが、看取りの医療へすみやかに移行し、安らかな最期を迎えるために、この病態を診断する意義は大きいと考えます。