血管外漏出発生頻度 0%への挑戦

生理食塩液を本検査前に試験的に注入する方法の有用性について

木暮 陽介 先生、 桑鶴 良平 先生、 倉田 聖 先生、 伊田 勝典 先生

血管外漏出発生頻度 O%への挑戦

2018年4月13日、横浜ベイホテル東急(横浜市西区みなとみらい)において、放射線医師、診療放射線技師の4人のエキスパートにお集まりいただき、血管外漏出リスクを軽減するための方法として注目されている生理食塩液の本検査前の試験的注入について語っていただいた。

桑鶴 
今日は「血管外漏出発生頻度 0%への挑戦」という、かなり挑戦的なテーマで、皆様のご経験を踏まえ議論できればと思っております。最初に自己紹介をお願いいたします。
私は、順天堂大学放射線科の桑鶴です。主にCT・MRIの体幹部の診断と、インターベンショナルラジオロジーならびに造影剤の安全性を専門にしております。
倉田
愛媛大学放射線科の倉田です。 もともと循環器内科医で、院生のときに薬物負荷CTで学位を取り、放射線科へ移りました。伊田さんが勤務されているよつば循環器科クリニックの阿部先生(現よつば循環器科クリニック院長)に循環器のいろはを教わったこともあり、クリニック立ち上げ当時から、伊田さんと一緒に、CTプロトコルやレポーティングシステムなどを相談しながら構築してきました。
伊田
よつば循環器科クリニック診療放射線技師長の伊田です。以前は、松山市民病院の主にアンギオ室で勤務しており、そこで阿部先生と知り合い、開業される際、現在のクリニックへ移りました。そこでCTに携わるようになり、倉田先生にいろいろ教えてもらいながら今に至っております。
木暮
順天堂大学医学部附属順天堂医院放射線部の木暮です。技師歴は26年になります。専門は同じくCTで、特に心臓領域に興味を持っています。また、CTの責任者をやっております。
桑鶴
ありがとうございました。それでは討論を始めたいと思います。今日は特にCTでの血管外漏出に絞って、文献的な考察や、皆様のご経験をお話しいただくわけですが、倉田先生がご経験している「生理食塩液(以下、生食)を本検査前に試験的に注入する方法の有用性」にも視点を置きたいと思っております。
 

血管外漏出の経験

桑鶴
最初に、血管外漏出の発生頻度は、一般的には0.1~0.9%程度と報告されておりますが、皆様の豊富な臨床経験の中で、特に印象に残っている「血管外漏出」のご経験がありましたら、ご紹介していただけないでしょうか。
倉田
最近、大学では、「造影剤注入時には医師がCT室の中にいること」が条件付けられており、血管外漏出が起こった際は、医師が一番早く確認できるようになっています。自分がこれまでに経験したのは3~4件ぐらいでしょうか。通常、看護師さんがしっかりとルート確保しているので、実際に起こることは稀ですが、起きた場合、激しい痛みが伴い、大ごとになることを経験しています。
桑鶴
伊田先生はいかがでしょうか。
伊田
生食の試験的注入時には何ともなかったのに、造影剤を入れるときに漏れたということがあります。「こうなったらちょっと防ぎようないよね」というのが、その時の、みんなの反応でした。多くの場合は、生食の試験的注入の段階で漏れていることに気がつき、再度ルートを確保し直します。
桑鶴
試験的注入は用手注入ですか、それともインジェクターを使った注入ですか。
伊田
インジェクターを用いて実施しています。生食の試験的注入も本番の造影剤注入と同じ注入速度で行っています。この方法は、CTが設置された2007年から採用しています。
桑鶴
もう10年以上前から、この方法を導入されているのですね。生食テストインジェクションは、どのような方法で実施するのですか。
伊田
生食注入のプロトコルは、5秒間。痩せている人だと3mL/sec、体の大きい人は最高4.7mL/secです。
桑鶴
なるほど、秒数で決めているのですね。
伊田
3mL/sec だと、3mL × 5sec =15mLほど、生食を最初に注入することになります。
桑鶴
そこから本番の造影剤注入まで、タイムラグはあるのでしょうか。
伊田
漏れていなければ、「今から造影剤を入れます。今度は熱くなりますよ」と患者さんに話をして、造影剤の注入を始めています。
桑鶴
ちょっと、タイムラグはあるのですね。
伊田
10秒か15秒ぐらいあると思います。生食を注入したあと、必ず「今度は造影剤が入ってくるので熱くなる」という説明を患者さんにしていますから。当院はご高齢の患者さんが多いので、一度に検査の流れを説明するよりも、今から起こることをなるべく1つずつ言うようにして患者さんが理解しやすいように心掛けています。
桑鶴
分かりました。木暮先生、お願いします。
木暮
私自身が注射をすることはありませんが、特に急速静注で造影剤が漏れたケースを過去に何回も見ています。当院では、ボーラストラッキング法でタイミングを取っているため、注入開始から10秒ほどで、CT室にいる医師も退室します。そのため、造影剤投与が終了するまで直接は確認できないので、造影剤の注入を開始しているにも関わらず、いつまでたっても造影剤が来ない、或いは、微妙にちょっと来るような感じはあるが、動脈のCT値は上がってこないような場合、たまたま、循環が遅いだけなのか、検査を止めなければならないのか判断に迷います。

結局ある程度造影剤を注入したところで注入を止めて、CT室に入ってみると造影剤が漏れているということを何回も経験しています。注入中に検査を止めることは、なかなかできないのが実状です。「漏れてしまった」というのは、その場を経験した医師、看護師、診療放射線技師ともにショックですし、その場で反省していることが多々あります。
桑鶴
私も何例か経験があります。ごく稀にですが、100mLの造影剤が全て上肢、もしくは前腕の皮下に入ってしまったというケースがあります。特に、ご高齢の患者さんの場合は、注入圧が上がらないことがあります。皮膚の緊満度が弱いので、空いたスペースに造影剤が入り続けても、ご本人も症状を訴えないこともあり、100mL注入し終わって「しまった!」ということがありました。一般的には漏出部位の単純撮影で、血管外漏出の診断をするわけですけれども、たっぷりと皮下に造影剤が入っているということを経験したことがあります。幸いにして何事もなく済みましたけれども、100mLでなくても、部位によっては病状が強いこともあり前腕の屈側にたくさん入り、ちょっと手の動きが悪くなったという患者さんも経験しています。その患者さんは入院されていたので、病棟で経過観察を行い、数時間で元に戻りましたが、「重症の場合は、筋膜切開をしなくてはいけない場合もある」という報告もありますので、気を付けなくてはいけないと。

ですから、漏出部位なども気を付けなくてはいけないと思っています。先ほど「高齢者」というお話をしましたけれども、幼児、小児も含めて、意思の疎通の取れない方、抗がん剤を投与しているなど血管が脆弱な方、肥満のある方は血管外漏出のリスクが高いと一般的にいわれていますね。 漏出した場合の処置について、何か気を付けていることはございますか。
伊田
担当の看護師さんによると、血管外漏出が起きたときは、痛みのない場合でも、ちょっと冷やして(アイシングして)、様子をみているようです。それでも、まだ症状の訴えがあるような場合はステロイド外用剤を処方してもらい、塗布しているそうです。
木暮
私の施設でも同じように、原則アイシングの対応をします。加えて、主治医と連絡を取り、患者さんが帰宅したあとも、不安や症状が続くような場合は、来院していただくようお伝えしています。この前、血管外漏出が起きてしまった患者さんが、処置を終えて帰宅後、その方から夜間に、救急外来で診察して欲しいという連絡がありました。このような経験から、24時間は、要経過観察としておく必要があると思います。
桑鶴
漏出量が少量の場合、特に処置はしないのですが、大量の場合は症状がなくても冷やします。しばらく様子を見て大丈夫だったら、それで終了します。症状が持続する場合は、形成外科や皮膚科に診ていただきます。

一般的な処置には、造影剤が漏れた手を挙上して、それから冷やす「冷罨法」と温める「温罨法」の2つの方法があります。今は、消炎鎮痛作用を目的とした冷罨法が主流になっているようです。冷やす場合に注意しなければいけない点は、患部を濡れたタオルなどでそのまま冷やすと、皮膚がただれて悪化する場合があるので、ビニールか何かに入れて「接するところは乾かして冷やす」ということです。また、先ほど木暮先生が言われたように経過観察も大切ですね。その場で終わりと言って帰宅していただくのではなく、少し様子を見て症状がなければお帰りいただくことが大切で、更に「何かあったら連絡してください」という経過観察も必要になると思っております。

一方、血管外漏出の予防策としては、色々な施設で、細い静脈への穿刺を避けたり、翼状針ではなくプラスチックカニューレを使用するなどの対策をされているかと思います。あまり知られていないのですが、ESURガイドラインを見ると、倉田先生、伊田先生のご施設で実施されている生理食塩液の試験的注入も1つの対策として記載されているのですよね。 倉田先生、先生の御施設での現状をご紹介いただけますか。
 

「生理食塩液を本検査前に試験的に注入する方法の有用性」

倉田
よつば循環器科クリニックでの経験をご紹介します。実際に、全例で「本検査の前に生食だけの試験的注入をする」と決めたのは、CTが設置された2007年からです。心臓CTは、他の領域のCT検査とは異なり、高い注入速度を使用するため、漏れた場合に漏出量が多くなり、「ちょっと危ないかな」ということを、みんなで話していたのが始まりでした。 先ほど話があったように、血管外漏出の頻度は文献的に0.1~0.9%ぐらいと多くはありませんが、起きたら激しい痛みを伴うこともあり、できるだけ避けたいというのが背景にありました。

2007年3月から2017年4月までの心臓血管CT検査( 心臓CTや大血管CTAなど)約1万5,000件のデータを集めることが出来ました。最初に生食の試験的注入を行い、何も起きなかった患者さんは、そのまま造影剤を使用しての本検査を施行します。一方、生食が血管外に漏れた場合は、対側にルートを取り直した後に、造影剤による本検査を実施しました。約10年間の経験の中で造影剤の血管外漏出が生じたのは25例ありました。生食の試験的注入時に血管外に漏れて、ルートを取り直した症例は27例あり、その中の1例では、本検査で造影剤も漏れてしまいました。

当初は、この方法で血管外漏出の発生頻度が減るのかは、半信半疑でしたが、少なくとも生食で漏れがあり、ルートを取り直した27症例のうち、上記1例を除く26例では、この方法により、造影剤の血管外漏出を防げたのではないかと思っています。発現頻度としても、約半数程度に低減できているのかと思っています。もともと、血管外漏出の発生頻度は少ないのですが、少ない中でも更に減らせているという意味は大きく、積み重ねの結果であると思います。 「本検査の前に生食をフラッシュすれば、造影剤の漏出は少し減らせるかな」というのが、まとめになります。
桑鶴
生食の試験的注入の有用性に関する報告はいくつかありますが、例えばKarádyらは、冠動脈CTを施行する患者さんを対象に、生食の試験的注入による血管外漏出の発現頻度低減を検討した結果、生食の試験的注入をした群の頻度(0.5%)は、しない群(1.4%)に比し有意に低かった(p=0.034,Fischer’sexact test)と報告しています1)。この論文のデータ蓄積期間は2014~2015年で、2016年に投稿されており、去年のRSNA2017で別施設から同様のデータが発表されていましたが、そのデータの蓄積期間は2013年~2017年なので、2007年から導入されている倉田先生のアイデアは、すごく早くて素晴らしいと思いました。また、この方法により造影剤の血管外漏出発生のリスクを低減させることが、日本でも可能であると証明できたのではないかと感じました。
木暮
造影剤が血管外に漏れた症例は、もともと血管がちょっと脆弱な患者さんの群だったなど、あとから考えたときに共通の危険因子はあったのでしょうか。
伊田
明らかな危険因子は特定できていないです。ただ、高齢の方が多かったような気がします。生食のテストインジェクションで問題なければ、大丈夫だと安心してしまったことも、反省点かもしれません。患者さんが、痛いと言われたら、直ぐに造影剤の投与を中止できるのですが、「え、漏れた?」みたいな場合は……。
木暮
インジェクターをスタートする際、医師または看護師の方がCT室で患者さんの傍におられるのでしょうか。
伊田
本検査前の、5秒間の生食注入時のみ、看護師さんがCT室で患者さんの様子を確認しています。漏れたら、直ぐに手を挙げてもらい、検査を止めます。 操作室でも、圧波形を見ていますが、50psiを超えるようだと、「あれ?」とは思うのですけれども、看護師さんのほうが早く反応してくれることの方が多いです。
 

「最初に確実に入れる」のが大事!

桑鶴
インジェクターで注入している際、穿刺部位を手で触れると、血管中を造影剤がすっと流れていくのが分かります。患者さんの傍で、造影剤を注入してから撮影を開始するまでの時間は、この方法で確認できると思います。それからインジェクターの注入圧の上昇などをチェックしています。
木暮
当院では全例、10mLの生食を用いて逆血の確認をして、血管内に正確に留置されているか確認しています。以前は、ボーラストラッキング法でも手を下げた姿勢で確認していました。しかし、確認時と本検査時で姿勢が異なる際に、血管外漏出の発生率が高くなっているようなので、最近、急速静注の場合は、手を挙上した状態で逆血確認も本検査も行うようにしており、血管外漏出は少なくなったと思います。
あとはCT室内で静脈確保するのは、限られた検査時間(検査枠)の中で、ストレスも当然あるわけですよね。できれば静脈確保するところは別の部屋を設けて、それ専門の医療スタッフが実施するような体制になると、血管外漏出のリスクも軽減できるのではないでしょうか。
伊田
よつば循環器科クリニックでは、事前準備のための部屋をCT室の前に設けています。心拍数の落ち着いた患者さんから、看護師さんがルートを確保します。 準備が完了した段階で技師側にコールがあって、入室いただくという流れで検査を始めています。
桑鶴
何人ほどの患者さんが事前準備室に待機できるのですか。
伊田
待機できるのは、点滴を取る専用の台が2つ、ちょっと楽に座れるようなソファに4人、合計6人です。そこまで埋まることはないですけどね。
桑鶴/木暮   
そういった部屋があると良いですね。
桑鶴
針は翼状針ですか、それともサーフローですか。
伊田
サーフローです。20ゲージを基本にしていますが、22ゲージじゃないと入らない患者さんもおられますので、その場合は22ゲージを使用します。さらに22ゲージもこの患者さんは、危ないとなると、今は24ゲージのネクシーバを使用しています。
桑鶴
順天堂も全部サーフローですか。
木暮 
サーフローです。急速注入には20ゲージで、低速注入は22ゲージを使っています。もちろん22ゲージでも入らない場合は、24ゲージを使うこともありますが、その場合は1mL/sec以下の注入速度で実施しています。
 

生食を用いた試験的注入の課題は?

木暮 
生食を用いた試験的注入を手押しで行うのかインジェクターで行うのか、また、生食の量も問題になるかもしれません。通常の検査で使用する後押し用の生食に加えて、テストインジェクション用の生食を準備することになるため、それなりの容量が入るシリンジが必要になります。そして、そもそも生食で逆血の確認をしていない施設や、生食後押しをしていない検査では、毎回生食を用意するという手間だとかコストだとか、そこはハードルがあるとは思います。
 

どのような患者さんから生食の試験的注入を取り入れるべきか

木暮 
桑鶴先生のコメントにもありましたように、抗がん剤で血管が脆弱な場合や、意思表示ができない人だとか、小児や乳がん術後等で郭清している人など、血管外漏出のリスクが高い患者さんから、限定的に実施してみてはどうでしょうか。
伊田
高齢者の方は高リスクになるので、生食注入は必要かと、あとルート確保をした看護師の情報から、ルート確保に苦労した患者さんも、生食注入が必要かと思います。
木暮 
手押しなのかインジェクターなのかということは置いておいて、意思疎通ができない患者さんに急速注入をする場合は、生食で確認するようにしていますので、おそらく推奨してもいいのかなとは思います。意思疎通ができない方だと、痛いとか熱いとか漏れているというのも、何も意思疎通がないと、やはりリスクが高いのかなという気はします。しかも急速注入の場合ですとなおさらです。
桑鶴
ありがとうございました。たくさんの貴重なご意見をいただき、かなり深いところまで議論できたと思います。繰り返しになりますが、血管外漏出は既に各施設で対策され、稀な事象になっているかと思います。にもかかわらず今回、話題の1つになりました倉田先生、伊田先生から話のあった生食を用いた試験的注入の取り組みは、より一層リスクを低減できる可能性を秘めており驚かされました。この方法は、どこの施設でも実施可能な方法であり、さらなる血管外漏出のリスク軽減に繋がると思います。対象となる患者さんは、施設の検査状況により、様々であるとは思いますが、生食後押しを本検査で行う患者さんや、意思疎通の難しい患者さん、血管の脆弱な患者さんといった血管外漏出リスクの高い患者さんから実践していくのが現実的なのかもしれません。
本日は、ありがとうございました。

〈文献〉

  1)Karády J et al.: Eur Radiol 2017, 27,4538-4543.

桑鶴良平先生

桑鶴良平先生

順天堂大学放射線医学教室
放射線診断学講座。

1984年順天堂大学医学部卒業。1990年同大学院放射線医学講座を修了。医学博士。
専門分野は一般放射線診断学、腹部・骨盤画像診断、IVR。学位論文に「ヨード造影剤投与による副作用機序の基礎的研究」など。
日本医学放射線学会専門医、日本超音波医学会専門医など。

倉田聖先生

倉田聖先生

愛媛大学医学部附属病院
放射線科医学講座講師。

1996年愛媛大学医学部卒業。専門領域は画像診断(循環器・心臓CT)。日本内科学会認定内科医、日本循環器学会循環器専門医など。2010年、第20回日本血管画像動態学会において「マルチスライスCTによる術前術後評価が有用であった冠動脈バイパス+左心形成術の1 症例」でImagingAwardを受賞。趣味はサイクリング。

木暮陽介先生

木暮陽介先生

順天堂大学医学部附属
順天堂医院 放射線技師 副技師長。

1992年駒澤短期大学放射線科卒業。2005年国際医療福祉大学大学院 保健医療学専攻 博士前期課程を修了。2010年順天堂大学大学院 医学研究科 博士後期課程を修了。専門はCT検査。日本X線CT専門技師認定機構理事、日本CT技術学会理事など。

 

伊田勝典先生

伊田勝典先生

よつば循環器科クリニック
放射線科技師長。

1982年東京電子専門学校診療放射線学科卒。日本大学板橋病院、松山市民病院をへて現在よつば循環器科クリニック勤務。趣味はDIY。