Radiology
Sea Change
Vol.1
Artificial Intelligence
AIの画像診断への応用の現状と展望
粟井 和夫 先生(広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門 放射線診断学 教授)
木戸 尚治 先生(山口大学大学院 創成科学研究科 知能情報工学分野 教授)
Introduction
広島大学 粟井 和夫
Sea Changeはもともとシェークスピアのロマンス劇「テンペスト」に由来する言葉で、著しく大きな変化・変革のことを言う。したがって、Radiology Sea Changeは、直訳すると「放射線科領域の大変革」となる。そのRadiology Sea Changeの第1回のテーマは、人工知能(Artificial Intelligence:AI)である。現在、ビッグデータの収集が可能になったことに加え、ディープラーニングと言われる技術が発達し、第三次のAIブームが到来したと言われている。画像診断では、病変の存在、質的診断、治療方針の決定について論理的な思考が必要であるため、画像診断はAIを活用できる領域ではないかと期待されるところである。一方では、今後、AIが画像診断業務をどのように変え、更には放射線診断医の在り方がどのようになるのか、不安に思っている方も多いのではないだろうか。
本冊子が、画像診断領域のAIの今後の方向性を読者自身が考えるための材料となることを期待している。
Mini-Review
山口大学 木戸 尚治
近年、人工知能(Artificial Intelligence:AI)が注目を集めており、Google傘下のDeepMind社のAlphaGoが韓国の囲碁の名人に圧勝したことは記憶に新しい。既に、チェスや将棋では、コンピュータが人間に勝利することが珍しいことではなくなっているが、囲碁はそれに比べると差し手の数が多く遙かに難易度が高いと考えられており、コンピュータが人間に対してこのように早く勝利をすることは予想外であり、近い将来、コンピュータが人間の知能を超えていくのではないかという不安感を与えている。
現在のAIの隆盛は第3次AIブームといわれているが、第1次AIブームは1956年のダートマス会議の頃に始まり、探索や推論などの記号で表された論理を基盤としたAI研究が行われた。しかし限られたルールに支配された問題しか解くことができず、現実世界の問題にはあまり役に立たなかった。第2次AIブームでは、この反省を踏まえて、第1次AIブームのような汎用的なシステムではなく対象領域の知識を限定したシステムにより問題解決を行うことが試みられた。第2次AIブームを代表するAIにはエキスパートシステムがあるが、これは専門家のような特定の分野の専門知識を有し、その分野に関して適切な助言をおこなうシステムとして設計され、代表的なものとして1970年代にスタンフォード大学でショートリフらにより開発されたMYCINがある。これは伝染性の血液疾患を診断して、適切な抗生物質を処方するシステムで、500程度のIF・THENルールと呼ばれるルールベースを有していたが、多くの知識を記述しようとする場合に整合性を確保することが困難であるなどの課題を解決することができず、エキスパートシステムが普及するには至らなかった。
コンピュータを用いた医用画像解析研究の歴史は古く、1967年には乳房腫瘤のコンピュータ解析の論文がRadiology誌に掲載された。その後も、胸部単純X線写真の結節や塵肺検出などの研究が行われた。コンピュータ支援診断(Computer-aided Diagnosis:CAD)においては病変の検出や鑑別をコンピュータが担うが、最終診断は放射線科医がおこなうとされている。このようにコンピュータの役割をセカンド・オピニオンの提供としたことで、それ以前の医用画像解析研究とは違い放射線科医との関係が明確化した。CADの研究や開発は、特にマンモグラフィによる乳癌検出やCTコロノグラフィによるポリープの検出などで成功を収め、1988年にはR2 Technology社(現Hologic社)のマンモグラフィCADがFDAの承認を得ており、CAD元年といわれている。しかしながら、CAD研究の中心的なテーマが画像処理や画像解析による病変の検出や鑑別などとなり、より高い精度を目指すとモダリティや疾患ごとに細分化していくという問題がある。
現在のAIは機械学習(Machine Learning)とよばれる技術が基礎となるが、そのなかで最も重要な技術は深層学習(Deep Learning:DL)である。DLは多層構造のニューラルネットワーク(ディープニューラルネットワーク)を用いた機械学習であり、放射線科医と関係の深い画像認識の分野でも非常に多く活用されている。DLによる画像認識が注目されたのは、2012年のILSVRC(ImageNet Large-scale Visual Recognition Challenge)であるが、この時DLを用いたチームの画像認識精度がそれ以外のチームを10%以上引き離して大きな話題となった。この時に用いられたのが畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network:CNN)である。CNNは複数の畳み込み層とプーリング層からなるが、畳み込み層は特徴抽出器としての役割を果たし、プーリング層は平行移動等に対するロバスト(頑強)性に関係している。CNNが画像認識の分野において注目される理由は、画像認識で必要とされる特徴量の選択をCNNのアルゴリズムがおこなうことにあるが、これはこのような構造によるものである。CADにDLを用いた場合は、特徴量の抽出をコンピュータ側でおこなうことができるので、モダリティや疾患に依存しない、新たな統合化CADシステムの構築が可能になることが期待されている。
一方、AIの活用が重要となる分野にRadiomicsやRadiogenomicsがある。Radiomicsは、放射線医学領域における多様で大量な情報を統合的に用いて質の高い画像診断をめざそうとする学問分野であり、テクスチャ解析などが含まれる。Radiogenomicsはさらに遺伝子(genome)情報も加えて、医用画像における形態・機能的な特徴と遺伝子情報発現の関係を明らかにすることをめざす学問分野である。最近の研究では肺癌における画像特徴と遺伝子変異に関する報告などがある。これらの多岐に渡る膨大なデータを効率的に解析し、画像診断に役立てる上で、AIの活用が期待されている。
2015年のILSVRCにおいてMicrosoftやGoogleのシステムが人間の画像認識率(5.1%)を抜いた。つまり、風景や人物などの自然画像に関してはAIが人間の識別率を超える事態になっている。ここで問題となるのは、人間のおこなっている仕事をAIが取って代わるのではないかということである。日本の労働人口の49%が、将来的にはAIで代替可能であり、その場合でも創造性や協調性が必要な業務や、非定型的な業務は将来においても人が担うと報告がされている。この報告では医師はコンピュータに代替される確率が最も低い職業とされているが、AIの画像認識能力が既に人間を超えてしまっていることは気がかりなことである。
コンピュータが自己学習を行うことにより、AIが人間の頭脳を超えてしまうのではないかという議論があり、これを技術的特異点(Singularity)と称している。この時期が2045年頃であるとされることから、これを2045年問題と称している。それでは2045年における放射線科医はどうあるべきであろうか。自然画像認識に関しては、AIのパターン認識能力がすでに人間を超えたと報告されているが、医用画像を用いた画像診断は単なる自然画像認識ではない。また、DLを用いたAIは第2次ブームのエキスパートシステムのように診断プロセスを説明することはできない。このようなことからもAIが放射線科医を代替することはないと考えられるが、放射線科医に対しては、先の報告でもあったように現在よりも創造的、協調的、非定型的な役割が求められるようになることが期待されてくるのではないかと考えられる。
Experts Dialogue
Ⅰ. AIの一般的な現況
粟井:近年、人工知能(Artificial Intelligence:AI)の進歩が世間の注目を集めるようになり、メディアでも盛んに取り上げられています。1997年にIBMのDeep Blueがチェスの世界王者を破ったのを皮切りに、クイズ、将棋、囲碁でもAIは人間のトッププレイヤーに勝利するレベルに達しました。私は、個人的には、「知能とは、人間的な問題を解決するために、あるいは生存するために必要な知識とか知恵」だと思っていますが、そもそも「知能」の定義自体が不明確であると感じます。工学的には「人工知能」とはどのようなものとされているのでしょうか。
木戸:人工知能は「論」であり、「学」ではないと言われています。私は大学の講義では、「人の持つ知的な能力(知能)を人工的・機械的に作り出そうとする研究分野」と説明しています。その基盤には、機械的に作られた知能の機能を機械に組み込み工学的に応用するという工学的関心、そして機械的に知能を実現することで、知能の仕組みを明らかにするという理学的・科学的関心が存在します。
粟井:人工知能は、どのように発展してきたのでしょうか。
木戸:AIの歴史は、大まかに3つの時代(ブーム)を経てきました。第一次ブームは記号処理の時代、第二次ブームは知識処理の時代と呼ばれています。現在は第三次ブームで、機械学習の発展を背景にした、統計学的処理の時代に当たります。
粟井:昨今の書籍やインターネットの記事では、機械学習、統計解析、Deep Learningなどのキーワードが見られます。これらは相互にどのような関係にあるのでしょうか。
木戸:統計解析が一番広い概念です。機械学習は基本的には統計解析を行うためのアプローチで、統計解析の一分野とも言えます。Deep Learningはニューラルネットワークと呼ばれる人間の脳神経回路を計算によりシミュレートしたモデルの発展形であり、機械学習の手法のひとつです。
粟井:なるほど、統計解析→機械学習→ニューラルネットワーク→Deep Learningという順番で狭い概念となるのですね。ニューラルネットワーク自体は1940年台からある古い概念と聞いていますが、どのような経緯を辿ってDeep Learningに発展したのでしょうか。
木戸:実はニューラルネットワークは一度,研究が下火になった時期を経験しています。というのも過学習という問題に原因があります。ネットワークはあるデータセットに合わせて特化したパラメータを構成するのですが、ベストな答えを出せるのがそのデータだけで、異なるデータセットに変えると全く通用しなかったのです。この問題を解決した要因のひとつはコンピュータの進歩です。Deep Learning自体は新しい概念ではありませんが、例えば以前は3層だったニューラルネットワークが、10層とか深い構造を取れるようになり大幅に性能が改善されたのです。
もうひとつの要因はビッグデータです。Deep Learningはインターネットなどを通して得られた大量のデータを学習に用いることで、今までは不可能であると思われた高い性能を発揮しています。2012年には、Google社の研究チームが、AIに膨大なYou Tubeの動画を学習させて、ネコを自発的に判別できるようになったと報道され、話題となりました。
粟井:それは、今後、AIの発展にどのような意味を持つものなのでしょうか。
木戸:機械学習には教師あり学習と教師なし学習があります。Googleのネコはあらかじめ正解データを教えない教師なし学習のひとつです。コンピュータが独力で学習し、認識能力を獲得するという、まるでSFのような話として話題になりました。われわれも教師なし学習の研究に取り組んでいますが、教師あり学習ほどには成果はでていません。他の多くの研究も状況は同じです。
Ⅱ. AIの医療への応用
粟井:画像診断の他にも、治療においては適切な治療法の選択、外科領域やIVRにおけるロボット手術、介護の領域では介護ロボット、さらには、AIが医療資源、マンパワーの効率的配置等にも活躍するような時代が来るかもしれません。対照的に、AI技術の活用が難しそうな領域はありますか。
木戸:意外かもしれませんが、AIには常識(コモンセンス)がありません。人の命を助けなければならないという使命感を持っているのは人間の強みであり、AIはそれを代替できるものではありません。したがって、新しいものを想像したり、発見したり、未知のものを解明するという創造的な業務領域、交渉やサービスなど他者との協調が必要な業務領域、さまざまな状況に対応しなければならない非定型的な業務領域は、当面AIではカバーするのが難しいでしょう。
粟井:協調的な領域というと、内科的診察、カウンセリングなどですね。また、カンファレンスで討論しながら、個々の患者の治療方針や対応を考えるような状況での活用も難しいでしょうね。
Ⅲ. 画像診断領域へのAIの応用
粟井:画像診断の世界では、コンピュータ支援診断(CAD)と呼ばれる領域があり、1960年代から研究開発が進められてきました。この従来のCADと、最近のAIは同じものと考えてよいのでしょうか。
木戸:CADは、コンピュータの解析結果を用いて最終的な診断は医師が行うという考え方ですが、現在、AIで医療分野の研究をしている人々は必ずしもこの考え方にはこだわってはいないと思います。最近の医用画像解析を大きく変化させてきたという印象を受けるのは、Deep Learningだと思いますが,この手法を使ったCADというものもあるので、そういう意味ではAIとCADが重なる部分があると思います。
先生から見られて、臨床現場ではAIの使用は浸透しているでしょうか。
粟井:現在、放射線科領域では主にマンモグラフィとCTコロノグラフィでAIが用いられています。おそらくマンモグラフィにおけるAIが現時点では、臨床現場で最も普及しているAIでしょう。マンモグラフィ装置のオプションとしてAIを導入している施設は、日本国内でも相当数あり、AIと意識せずにマンモグラフィの読影に利用している医師も多いのではないかと思います。
次に普及しているのがCTコロノグラフィでしょう。これは、大腸の仮想内視鏡像あるいはその展開した画像の上で腫瘤性病変を自動検出するものです。CTコロノグラフィはやや煩雑であるため、臨床へのCTコロノグラフィの導入にはAIの使用が前提となっていたと思います。従って、CTコロノグラフィの読影をしている人でAIを使用していない人は少ないように思います。
また、かなり初期からAIが研究開発されているのは、胸部X線写真やCTにおける肺結節の検出でしょう。広島大学では、広島県三次市の低線量CT検診に医学的支援を行っています。三次市では毎年1,500例ほどの検診が実施され、当研究室のメンバーでCT画像の読影を行っていますが、その際に東京大学コンピュータ画像診断学/予防医学講座で開発されたCIRCUSという肺結節の自動検出システムを使用しています。私自身はAIの有用性はかなり高いと考えていますが、偽陽性が多いため、読影を行う医師の中にはAIをあまり評価していない人もいます。
病変の鑑別診断を行うシステムも、かなり以前から研究されています。私自身も、2006年にRadiology誌にて、コンピュータによる肺結節の良悪性の鑑別について報告しています。しかしながら、現在のところ、病変の画像から鑑別診断を挙げるシステムで実際の臨床に供されているものは、私の知る限りありません。
木戸先生は、以前から肺の間質性疾患の陰影パターン分類を手がけられていますが、現在の研究の状況や今後の展望はいかがですか。
木戸:私たちは、陰影パターン分類の識別率を上げるという観点から研究に取り組んできており、いくつかの手法を提案し、一応満足のいける結果を得たと考えています。もちろんDeep Learningなどを用いた手法も行っています。次は我々が開発した手法の実際の運用での問題点の解決に取り組みたいと考えています。
粟井:医用画像においてAIを展開する本邦のプロジェクトとしては、平成21年から25年にかけて、文部科学省の科学研究費補助金新学術領域研究「医用画像に基づく計算解剖学の創成と診断・治療支援の高度化」や、平成26~30年度には「医用画像に基づく計算解剖学の多元化と高度知能化診断・治療への展開」が新学術領域研究に採択されています。木戸先生も参加されていたこれらの「医用画像に基づく計算解剖学」は、どのようなコンセプトで研究が行われ、どのような成果が得られたのでしょうか。
木戸:計算解剖学は人体の臓器構造を統計的に記述した「計算解剖モデル」を構築することで高精度な医用画像理解を実現することを目指しており、また多元計算解剖は、空間軸、時間軸、機能軸、病理軸と多元化した情報を全て「多元計算解剖モデル」としてシームレスに融合させることにより、個別の画像理解にとどまらない人体の総合的な理解へと発展させるという壮大な目的を持ったプロジェクトです。
私のグループは、前者の研究では、支援の対象をAi(死亡時画像診断:autopsy imaging)にまで広げ、後者では3Dスキャナ情報などの新しいモダリティを活用した取り組みを行っています。
粟井:最近は、類似画像検索システムも実用化されつつあります。このシステムも、一種のAIであると思いますが、類似画像検索技術は今後どのように発展するとお考えでしょうか。
木戸:類似画像検索は、疾患を限定せずに支援診断が可能になるため、非常に有用な手法と思います。今までは、多くの疾患に対する特徴量を定義することが困難であったためになかなか実用化しなかったですが、Deep Learningの登場により状況が変わる可能性があります。
粟井:類似画像検索システムは、私も2000年ごろから富士通と一緒に研究しており、RSNAでも何回か発表を行いました。2000年当時に私が考えていたアイデアは、「CTやMRIで診断名が何かわからない画像に遭遇した場合、過去のデータベースから形態が類似した画像を探し、検索された画像の病理診断を調べることにより、問題となっている病変の診断の参考にする」というものでした。例えば、ある症例に対して、類似した症例が100例検索されたとして、そのうち、90例ががん、残りの10例が炎症と病理的に診断されていた場合、最尤原理に基づき「この症例はがんであろう」と判断しようという発想です。現在は、類似画像検索の別の応用についても検討を始めています。例えば、見慣れない形態を示す肺病変に対して、過去のデータベースから100症例の類似画像が検索されたとします。その100例の画像診断レポートや電子カルテに記載されている診断名やキーワードを統計学的に処理し、それを診断やレポート作成の参考にするというものです。これは、放射線診断医のコミュニティによる一種の集合知ではないかと思います。膨大な画像データを読影しなければならない現代においては、AIを読影に活用していくことが不可欠と考えています。ただし、類似画像の検索を有効活用するためには、大量の患者の電子カルテ情報を収集する必要があり、個人情報保護の観点からまだまだ敷居が高いのが実情でしょう。
木戸:類似画像に加えて、脳機能や遺伝子が関連するような、大量情報処理が必要な分野では、AIの利用が特に重要になるのではないかと思います。
粟井:私も、認知症などに関する脳血流シンチや脳MRIなどの脳機能画像へのAIの応用が進むのではないかと思っています。これらの領域は、個々の画像を標準脳へ変換することや、現時点では高い空間分解能が要求されていないこと、疾患による病変分布がよく研究されていること、などがその理由です。
Ⅳ. 将来の放射線診断医像
粟井:昨年、野村総合研究所がオックスフォード大学と共同して調査した結果は、我々に衝撃を与えました。日本の国内労働人口の約半数がAIにより代替されてしまうというものです。中でも総合事務職はほぼ100%、専門職でも80%以上が代替されてしまうようです。しかしながら、技術の発展によりなくなってしまう職種があるというのは、過去の歴史の中でも多数あります。
医師はコンピュータ技術に代替されにくい職業のひとつと言われていますが、その中で放射線診断医についてはどう思われますか。
木戸:コンピュータの画像認識能力が人間を超えたとはいえ、あくまでも風景や人物などの自然画像に対してであり、専門的な知識の必要な医用画像と同一に論じることには飛躍があると思います。
粟井:AIが人間を超えるというSingularity(技術的特異点)という話もよく話題に上りますが、そういう状況はまだ考えられないということですね。
木戸:AIが人間を部分的な能力で超えていくということは、これからいろんな分野で起きてくると思います。ただ、トータルの人間を考えて、人間の知能を超えるということには結びついていかないでしょう。自動診断についてもAIが因果関係を理解して診断しているのではありません。統計学的な相関関係に基づいて診断しているにすぎないのです。先ほども触れたように、創造性、協調性が必要な業務や、非定型な業務は、将来においても人が担うことになるでしょう.しかしながら,放射線診断医の役割は、より創造的、協調的、非定型的な業務をこなしていくようになるべきであるとは思います。
粟井:楽天的かもしれませんが、私自身は、現在から将来にわたり放射線診断医がいなくなることはないだろうと考えています。ただし、今からの放射線診断医はより高度な画像診断のスキルを身につけ、さらに他の臨床科の医師とコミュニケーションするスキルを磨いていかなければならないでしょう。
医療の中で放射線診断医は、医師の支援をする医師、いわゆるDr's Doctorという位置づけでした。IVR以外の放射線診断医の仕事としては、1)画像の中から病変を検出する、2)画像所見あるいは他の臨床所見を総合して、鑑別診断、最終診断を挙げる、さらに3)他科の医師の直接のコンサルテーションを受け、あるいは他科の医師や医療スタッフとカンファレンス等で議論し、その患者さんの診断や治療方針に助言を与えるという仕事が主と思われます。
この中で、1)の画像の中から病変を指摘するという仕事は、早晩、AIに置き換わられると思います。単純に病変を拾い上げるという能力だけでは、放射線診断医としてはやっていけないでしょう。しかしながら、2)の総合的に病変の診断を考える、3)の他科の医師とディスカッションするという仕事は、当面はAIが置換するのは難しいのではないでしょうか。
木戸:逆に言えば、ある種単調で膨大なルーチンワークはAIに任せて、本当のこの病気は何だろうか、どういう治療をするべきか、ということを主治医とディスカッションするような、クリエイティブな仕事に注力できると考えれば、AIの導入は歓迎すべきものと言えるかもしれません。
粟井:臨床へのAIの導入は避けては通れないので、よく理解し、どう活用していくかが重要ですね。本日はありがとうございました。
木戸:ありがとうございました。
Key Paper Summary
Deep learning
LeCun Y et al.: NATURE 2015, Vol. 521, 436-444
ディープラーニング(深層学習)と深層ニューラルネットワークの最新の動向についてレビューしている。深層学習は音声認識、視覚的物体認識、物体検出のほか、創薬やゲノミクスなど他の多くの分野の最先端の研究に多大な影響を及ぼしている。畳み込みニューラルネットワークが画像、動画、音声の処理にブレイクスルーをもたらした一方で、リカレントニューラルネットワークはテキストや音声などの逐次型データへの適用が期待される。今後、表現学習と複雑な推論を統合した人工知能の開発のために新たなパラダイムが求められている。
木戸:Nature誌に掲載されたディープラーニングのレビューであり、ディープラーニングの概念から今後の展望までがよくまとまって解説され、また参考文献が多く紹介されている。ディープラーニングについて俯瞰するために有用な論文である。
Lung Pattern Classification for Interstitial Lung Diseases Using a Deep Convolutional Neural Network
Anthimopoulos M et al.: IEEE Transactions on Medical Imaging 2016, Vol. 35, 1207-1216
Anthimopoulosら(2016)は2つの施設で取得された120症例のCT画像データベースを用いて、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)による間質性肺疾患(ILD)の陰影分類を行なった。この論文では7クラス分類を扱い、正常、GGO、micronodules、consolidation、reticulation、honeycombing、GGO/reticulationを対象とした。ILSVRC2014で優勝したVGG-netと呼ばれる5つの畳み込み層から成る学習済みCNNを使用し、CT画像中から陰影が80%以上含まれるように切り出された32x32画素の関心領域画像を用いて学習とテストを行なった。結果として比較の従来手法より高い85%の陰影識別率を達成しており、入力画像を3次元画像へ拡張することでさらに精度の向上が見込めるとしている。
木戸:TMI(IEEE Transactions on Medical Imaging)は医用画像処理分野で最もインパクトファクターが高い論文誌であり、びまん性肺疾患の陰影分類にディープラーニングの有用性を示した代表的な論文である。
Decoding tumour phenotype by noninvasive imaging using a quantitative radiomics approach
Aerts HJ et al.: Nature Communications 2014, Vol. 5, Article number 4006
肺癌および頭頸部癌の患者1,019症例の腫瘍のCT画像データを用い、440の特性を定量的に解析した。その結果、多数の特性が予後予測力を有することが分かった。また、それら特性の中で、腫瘍内不均一性を捕捉する特性が、不均一性の原因となる遺伝子の発現パターンと関連することが示唆された。本文献は、2種類の癌の予後予測におけるradiomics解析の有用性を示したものであり、今後、radiomics解析が癌治療における臨床的な意思決定の助けとなる事が期待される。
木戸:肺癌や頭頸部癌を例にとり、radiomics解析の手法とそれが癌診療における意思決定の改善を促すことを可能にすることを示した論文である。本論文は被引用数が多く、図1は講演やレビューでよく取りあげられる。
Radiomics: Extracting more information from medical images using advanced feature analysis
Lambin P et al.: European Journal of C European ancer 2012, Vol. 48, 441-446
医用画像におけるradiomicsの可能性についてレビューした文献。固形癌病巣は空間的・時間的に不均一であるため、生検で採取した組織サンプルの分子生物学的解析よりも、非侵襲的な医用画像のさらなる活用が期待されている。この数十年間の、機器および画像診断薬の進歩ならびに標準化プロトコールの開発により、定量的な画像解析が可能となってきているが、大量の画像から関連する特性を“自動的”に再現性高く解析する手法の開発が望まれている。Radiomicsは大量の画像からあらゆる特性をハイスループットに解析することが出来るため、今後の医用画像解析、特に画像特性とプロテオゲノミクス情報等との関連性などにおける活用が大いに期待される。
木戸:Radiomicsに関するわかりやすいサーベイである。図2に示されている医用画像の階層性は、筆者らが”多元計 算解剖”において提唱している空間軸の概念と類似しており興味深い。
Radiomics: Images Are More than Pictures, They Are Data
Gillies RJ et al.: Radiology 2016, Vol. 278, 563-577
Radiomicsは、従来のCT、MRI、PET画像からハイスループットに定量可能な画像特性を抽出しマイニング可能なデータに変換する。Radiomicsデータを画像以外の患者データと統合し、高性能のバイオインフォマティクスツールで解析することにより、診断や予後予測の精度向上に寄与する可能性がある。今後、通常の画像検査と共にradiomics解析がルーチンになると考えられる。医用画像のradiomics解析は、特に癌患者に対する臨床的な意思決定、診断・予後予測・奏効予測を改善することが期待される。
木戸:Radiomicsの基礎から今後の展望までをサーベイしており、脳腫瘍、前立腺癌、膀胱癌、肺癌のMRI、PET、CT画像を用いたradiomics解析の具体例が紹介されている。
Multivariate classification of blood oxygen level-dependent fMRI data with diagnostic intention: a clinical perspective
Sundermann B et al.: Am J Neuroradiology 2014, Vol. 35, 848-855
近年、パターン認識技術を、中枢神経疾患又は精神疾患の診断ツールとして機能的磁気共鳴画像(fMRI)データに適用する研究が増えている。本文献は、fMRIデータへの多変量パターン解析(MVPA)の適用に関する文献レビューである。MVPAの適用は長年にわたるfMRIの信頼性の問題を解消すると期待されており、精神疾患における臨床的に重要な予後及び鑑別診断情報を提供する。しかし、MVPA-fMRIは新しい手法であるため、方法論選択の検証や有益な適用ができる特定の臨床状況の同定に関して課題が残っている。又、本文献では今後のfMRI研究の標準化を目的とした報告基準及び試験デザイン基準も提案している。
粟井:神経内科あるいは精神科疾患へのAIの応用に関するメタアナリシスおよび総説論文である。画像診断に関する AI応用の一般的な方法論について臨床医にもわかりやすく記載されているので一読をお薦めする。
A generic support vector machine model for preoperative glioma survival associations
Emblem KE et al.: Radiology, Vol. 275, 228-234
本文献では、神経膠腫患者の術前の全腫瘍相対的脳血液量(rCBV)データを用いて一般的サポートベクターマシン(SVM)を作成し、個々の患者におけるこのモデルの診断的有効性を前向きに検討している。専門医による定性的評価と比較した結果、本SVMモデルは、個々の患者データにおける6ヵ月、1年、2年及び3年生存に最も強く関連するパラメータであった。この結果から、腫瘍全体でのrCBVヒストグラム解析をSVMと組み合わせた機械学習により、浸潤性神経膠腫患者での早期の患者生存を予測することが可能であること、又SVMモデルは専門医の読影よりも診断精度が高く、患者間、観察者間及び施設間のばらつきに影響されないことが示された。
粟井:ここからは、放射線診断医に馴染みの深い雑誌に掲載された画像診断領域へAIを応用した論文を取り上げる。本研究で使用されているSVMとは、ロジスティック回帰分析のように、いくつかの説明変数から二値のアウトカム変数(例えば、結節が癌である or 癌でない)を判断する手法であり、Deep Learningが流行する前によく使われていた手法である。SVMは、サンプル数に対してデータの次元(説明変数の個数)が大きくなっても、アウトカム変数の識別精度が比較的高いと言われている。本研究で使用されているのは、MRでの腫瘍のCBVのヒストグラムデータであり、これに対してSVMを適応することにより医師よりも正確に患者生存が予測できることが示されている。
Neural networks for nodal staging of non-small cell lung cancer with FDG PET and CT:
Importance of combining uptake values and sizes of nodes and primary tumor
Toney LK et al.: Radiology 2014, Vol. 270, 91-98
非小細胞肺がん(NSCLC)のリンパ節病期分類改善のために、3種類の変数(原発腫瘍の大きさ及びFDG集積値、リンパ節のFDG集積値)を用いた人工ニューラルネットワーク(ANN)が開発され、その有効性が示されている。本文献では、リンパ節の大きさを変数として加えた場合の影響を検討している。著者らが開発したバックプロパゲーション(誤差逆伝播法)を用いたANNにNSCLC患者のFDG PET/CTデータを適用したところ、専門家による読影よりもリンパ節病期が有意に正確に予測された。本文献は、FDG PET/CTでは限界のあるリンパ節病期分類を、リンパ節の大きさを追加したANNにより改善できることを示した。
粟井:本研究では、非小細胞肺がん患者に対して、FDG-PETを実施し、原発巣のSUVmax、原発巣のサイズ、リンパ節の取り込み、NステージをANNに学習させ、前3パラメータからNステージをANNに予測させたものである。本研究では133人の非小細胞肺がん患者のデータを使用し、その半数をANNの学習、残りの半数をANNの性能評価に使用した。結果は、ANNによる予測の正診能は99.2%で医師よりも優れていたという結果であった。ANNではどうして正確に診断できたかについては事後でもわからないので、ANNの結果を医師の診断へフィードバックすることは難しいかもしれない。
Automated classification of usual interstitial pneumonia using regional volumetric texture analysis
in high-resolution computed tomography
Depeursinge A et al.: Investigative Radiology 2015, Vol. 50, 261-267
本文献では、古典的及び非典型的な通常型間質性肺炎(UIP)を自動分類するための新規コンピュータモデルを検討している。マルチスライスCT画像を用いたボリュームテクスチャ解析により肺の形態学的組織特性を抽出し、UIPを層別化するコンピュータモデルを作成した。本モデルは古典的UIPに対する高い特異度を示し、その性能は胸部専門フェローによる分類と同様であった。この研究は、コンピュータモデルを用いてUIP亜型の自動鑑別を行う初の試みである。古典的UIPなどの複雑な肺疾患をCTにより同定できれば侵襲的な外科的肺生検が不要となることから、自動分類システムは臨床診療における有用な診断ツールとして期待される。
粟井:本研究では、肺を36箇所に分割し、その各領域について多方向Riesz wavelets変換によるテクスチャ解析により定量値を求め、それを前ページで紹介したEmblemらの報告でも使用されているSVMに入力して学習させて、典型的UIPか非定型UIPかを判断させている。本手法によりUIPの正確な診断が可能で外科的生検を回避できると著者らは結論しているが、症例数が33症例と少なく、本手法に汎用性があるか更なる検証が必要であろう。
Conclusion
広島大学 粟井 和夫
現時点では、AIは物事の文脈や因果関係の分析は困難であることから、特定の疾患の限られた臨床状況のみに適応可能なようである。したがって、今すぐAIが放射線診断医の能力を凌駕して我々の存在意義を脅かすことはないだろう。一方では、胸部CTにおける結節影の検出などの単純な作業については、既にAIは人間以上のperformanceを発揮している。今後、放射線診断医としては、単調で膨大なルーチンワークはAIにまかせて、個々の患者の病態や最終診断を考察し主治医とディスカッションするようなより創造的な仕事ができるよう自分たちのスキルを磨いてゆくことが必要になろう。
Resume
粟井 和夫
広島大学大学院 医歯薬保健学研究院
応用生命科学部門 放射線診断学 教授
- 1986年
- 広島大学医学部卒業
- 1990年
- 同大学院博士課程修了
その後、広島大学医学部附属病院、
厚生連広島総合病院、
りんくう総合医療センター市立泉佐野病院などを経て - 2002年
- 近畿大学医学部放射線科学教室 講師
- 2003年
- 熊本大学大学院医学薬学研究部
画像診断解析学 助教授 - 2005年
- 同上 特任教授
- 2010年
- 広島大学大学院医歯薬総合研究科
放射線診断学 教授 - 2012年より現職
木戸 尚治
山口大学大学院 創成科学研究科
知能情報工学分野 教授
- 1982年
- 名古屋大学理学部物理学科卒業
- 1984年
- 名古屋大学大学院工学研究科修士課程情報工学専攻修了
- 1988年
- 大阪大学医学部卒業
- 1992年
- 同大学院博士課程修了
その後、大阪大学医学部附属病院、
大阪府立成人病センターなど市中病院 勤務 - 1999年
- 山口大学工学部知能情報システム工学科 教授
- 2006年
- 同大学院医学系研究科 応用医工学系学域 教授
- 2016年より現職