Radiology
Sea Change
Patient-Centered Radiology
患者さん中心の放射線医学
司会:粟井 和夫 先生(広島大学 放射線診断学研究室 教授)
講演1:Jay Starkey 先生(Department of Neuroradiology, OHSU)
講演2:隈丸 加奈子 先生(順天堂大学医学部 放射線診断学講座 准教授)
Jay Starkey先生(左)、粟井 和夫先生(右)
Part 1 放射線科医の果たす役割を考える司会:粟井 和夫先生(広島大学 放射線診断学研究室 教授)
今回はPatient-Centered Radiologyをテーマに、2名の先生をお招きして患者中心の放射線医療について考えます。Part 1の講演では、Starkey先生には放射線量の最適化についてお話しいただき、隈丸先生には医学的及び社会的な観点から見た妥当な放射線検査の選択における放射線科医の役割についてご講演いただきます。
「放射線科医の果たす放射線量の最適化への役割」Jay Starkey先生(聖路加国際病院 放射線科:当時)
私は医師になってから、一貫して医療安全に関心を抱いてきました。特に放射線科医として、線量の問題は重要だと考えています。例えば、放射線検査による発がんのリスクを考えたとき、胸部X線とPET-CTによる体幹全体の撮像とでは、患者さんのリスクは異なります。米国では、2008年頃に高線量の放射線を受けたため脱毛が見られた小児の患者さんの事例などが報道され、大きな問題となりました。これを契機に、カリフォルニア州では放射線検査時の線量記録を必須とする州法が制定されました。米国の Joint Commission Accreditationでも、2015年よりCT検査に対して線量の記録を求めており、日本でも同様に要件となる可能性が高いと考えられます。
放射線被曝量は患者さんにとっても関心の高い事柄です。当院ではアンケート形式にて、放射線科医と患者さんそれぞれに放射線量についてどの程度心配しているかという調査を行いました(表1)。日常生活での被曝への懸念については、医師も患者さんも40%前後が心配であると回答しています。胸部X線についても同様の結果です。両者に差が見られたのはバリウム検査で、心配があると回答した医師が60%以上に上ったのに対し、患者さんでは40%弱にとどまっています。また放射線被曝のない超音波検査とMRIにおいても、患者さんでは20%~30%が心配と回答しています。すなわち、放射線に関する正しい情報が患者さんに伝わっていないということがわかります。
Physicians (N=101) | Patients (N=450) | P value | |
---|---|---|---|
Daily Life Concern (%) | 39 (38.6%) | 211 (46.9%) | P=0.13 |
X-ray Diagnosis Concern (%) | 45 (44.6%) | 179 (40.7%) | P=0.48 |
Barium Diagnosis Concern (%) | 59 (64.1%) | 160 (37.2%) | P<0.01 |
CT Diagnosis Concern (%) | 85 (85.0%) | 171 (38.7%) | P<0.01 |
US Diagnosis Concern (%) | 1 (0.9%) | 80 (18.5%) | P<0.01 |
MRI Diagnosis Concern (%) | 2 (1.9%) | 125 (29.4%) | P<0.01 |
表1:各種検査での放射線への懸念についての調査結果
被曝線量を考えるときに基本となるのが、ALARAという考え方です。これは「As Low As Reasonably Achievable」の略称で、Reasonablyという言葉には「無理せずに」というニュアンスがあります。すなわち、重要なのは最適化ということであり、診断に必要な画質を確保した上で妥当な線量を考えるということになります。
線量を表す指標にはいくつかの種類があります。CTDIvol(volume CT dose index)、DLP(dose-length product)、SSDE(size-specific dose estimate)は、装置がどの程度の線量を出力しているかという指標です。
Equivalent doseやeffective doseは患者さんが受けている線量を考慮したものです。これらとは別に、近年になってBEIR(biological effects of ionizing radiation)VIIという指標も用いられるようになっています。これは、放射線曝露が人体にどの程度の影響を与えるのかを推定するもので、リスク評価に用いることができる指標です。
低線量化のためにまず必要なのが、自施設の放射線量について把握することです。通常のスキャンの線量はどの程度か、最も線量の高い検査はなにか、不必要な検査は行われていないか、低線量プロトコールが作成・実施されているか、装置による被曝線量の差があるか、などといったことです。そして理想的には他施設との比較も行うべきでしょう。当院でもCTDIvolとDLPのレビューを行い、他院と比べてDLPが高い傾向にあることがわかりました(図1)。そこで各装置の設定や撮影範囲などを見直し、3ヵ月程度かけて線量を抑えることに成功しました。
まとめると、日本でも放射線被曝の問題を意識し、リスクを含めて患者さんと共有することが重要だということ。そして低線量を実現するためには、自分たちの現状を把握することが最初の一歩であるということです。
図1:腹部CTの施設間による線量比較(CTDIvol、DLP)
「医学的・社会的に妥当な検査のために放射線科の果たす役割」隈丸 加奈子先生(順天堂大学医学部 放射線診断学講座 准教授)
「妥当」という言葉は、どちらが良いとはっきりとは割り切れない状況において、多くの人が適切だと考えるときに用います。そして妥当な放射線検査とは、検査によって得られる健康が、検査による損失よりも大きいと予想される検査を指します。この場合「損失」とは、検査の直接的・間接的な副作用・合併症、加えて患者さんの金銭的・精神的負担や医療資源の消費などを含みます。損失の内容によって、検査の妥当性は医学的妥当性と社会的妥当性の大きく2つに分けることができます。
医学的妥当性は、検査の医学的な副作用・弊害と、医学的な効果のバランスを考慮して判断されます。例えば息が苦しいと訴える患者に対して行う胸部X線検査は、医学的な副作用が小さく、症状の原因となる疾患を検出できる可能性が高いと考えられますから、医学的に妥当な検査です。一方で、足白癬の患者さんに対する脳波検査は、多くの医療者が「脳波と足白癬は医学的に関係なく、脳波を測定しても足白癬は良くならない」と考えますから、医学的妥当性はありません。
では、胸痛を訴える患者さんに対する冠動脈CT検査はどうでしょうか?冠動脈CTは胸部X線検査よりも弊害が大きいですが、もし治療可能な冠動脈疾患を発見できれば、健康は大きく改善します。従って、医療者は個々のケースで「この患者さんは、冠動脈CT検査によって心筋梗塞が予防され健康になる確率はどの程度だろうか、それは被ばくや造影剤副作用、偽陽性などの検査リスクを上回るだろうか」と考えることになります。冠動脈CT検査の場合は、特に偽陽性は重要な検討事項です。なぜならば、偽陽性(狭窄がないのに狭窄があるように見える)所見は、その後の侵襲的なカテーテル検査を誘発してしまうからです。米国の大規模研究では、安定型の冠動脈疾患が疑われる患者に対して「盲目的」に冠動脈CT検査を施行すると、CT後のカテーテル検査および経皮的血行再建術が増えたが、健康の改善には繋がらなかったと報告されています1)。従って、医学的妥当性を判断する際には、検査の直接的な副作用と同時に、検査前確率や偽陽性率に関する知識を持つことが必要になります。
頭痛に対する頭部単純MRI検査の医学的妥当性はどうでしょうか。MRI検査には被ばくはなく、また侵襲的な追加検査につながるような偽陽性所見も少ないため、損失が非常に小さな検査と言うことができます。そのような損失の小さな検査に対して、医学的に妥当と考えられるメリットの大きさ(≒疾患発見確率)はどのくらいでしょうか?多くの場合、ガイドラインなどで専門家が納得できる範囲を定めていますが、この閾値の設定には、社会的妥当性も密接に関わってきます。
社会的妥当性は、患者の好みや価値観など医学的ではない部分に加えて、医療資源を考慮して判断されます。例えば、スポーツ選手が飛行機に乗った後に肺塞栓症を発症したとします。通常であればワーファリンの持続内服が標準治療となりますが、そうすると激しいスポーツを継続することができなくなるため、急性期のみワーファリンを内服し、その後はフライト前にヘパリンを自己投与するという方法もあり得ます。個人の価値観を考慮すると妥当な治療法は変わるという例です。
医療資源の適正な配置は、目の前の患者だけではなく、集団が最大の健康を獲得するためにはどうしたらよいか、を考えることで達成に近づきます。医療資源は大きくモノ・ヒト・カネの3つに区分できます。モノには医療機器が含まれますが、日本は人口当たりのCT・MRI機器数が非常に多いため、あまり議論に上ることはありません。しかし機器が豊富な地域とそうでない地域など、偏在の問題は解決しなくてはなりません。
続いてヒトの適正配分に関してです。ご存知の通り日本では放射線科医の数に対して検査過多の状態にあり、半分以上のCT、MRI検査が常勤の放射線科医が関与しないところで施行されています。多くの検査の中から「放射線科医が読むべき検査」を抽出し、放射線科医の能力をそれに適切に充てられれば良いですが、現状はそうではありません。従って検査のむやみな増加は、放射線科医の能力の適正配分に対してマイナスの影響を及ぼすと言えます。
臨床医の適正配分という観点ではどうでしょうか。先程言及した研究と類似していますが、急性心筋梗塞疑いでER受診した患者を冠動脈CT検査と通常診療に無作為化した研究では、やはり偽陽性の影響でCT群のカテーテル検査率と被ばく線量が増加しました2)。ただ、一方でCT群では、ER滞在時間が7時間以上短縮され、多くの患者が退院していました。コストについてはカテーテル検査の増加とER滞在の短縮により相殺され、両群で差がないという結果になっています。この結果を踏まえて、冠動脈CT検査はヒトの効率的配分にプラスであると言えるでしょうか?放射線科医や技師の配分についてはマイナスであり、カテーテル検査の人的資源も消費しています。しかし救急医やERのスタッフの配分についてはプラスの影響です。このような影響を総合的に比較した研究はこれまでほとんどないため、今後検討していくことが必要ではないかと考えています。
最後はカネ、医療費の適正配分問題です。日本は医療費における公的資金の割合が高いため、より妥当で効率的な費用配分が求められます。国民が適切だと思えるような医療費の使い方の指標の一つに、willingness to pay threshold(WTP)があります。これは、完全に健康な1年(QALY)を追加するために払ってもよいと考える金額で、日本は約500万円と報告されており、他国よりもやや低い金額になっています3)(表2)。また日本では、社会の誰かよりも家族のためにお金を使いたいという傾向も示されています。日本ではまだ社会全体の医療費を適正に配分するという考え方が定着していませんが、迫りくる超高齢化社会と労働人口の減少を前に避けては通れない議論かと思います。
国 | WTP (自分) |
WTP (5年後の自分) |
WTP (家族) |
WTP ((社会) |
Discount rate |
為替レート |
---|---|---|---|---|---|---|
Japan | 41 (38-44) | 28 (26-32) | 52 (49-55) | 44 (41-47) | 6.8% | 123 |
Korea | 74 (64-73) | 61 (52-60) | 86 (75-83) | 75 (65-73) | 3.7% | 920 |
Taiwan | 77 (70-84) | 70 (62-77) | 70 (62-77) | 66 (59-70) | 1.6% | 29.7 |
UK | 36 (35-39) | 31 (30-35) | 41 (38-44) | 60 (57-61) | 2.8% | 0.635 |
Australia | 47 (44-50) | 43 (40-46) | 57 (54-60) | 66 (63-68) | 1.9% | 1.35 |
US | 62 (57-66) | 52 (48-56) | 69 (57-66) | 96 (48-56) | 3.2% | 1 |
表2:QALYあたりの各国のWTP(単位:1000USD) 引用 Table 3, Health Econ. 2010 Apr;19(4):422-37.
本年改定された医学教育のモデル・コア・カリキュラムには、こうした背景を踏まえて「限られた医療資源の有効活用について理解する必要がある」という記載が追加されています。具体的なカリキュラムの記載にも、「医療における費用対効果分析を説明できる」ことが項目に追加されています。医学教育の段階から、医療資源の適正配置への意識付けが進んでいることの現れです。日本では費用対効果の研究自体がまだ不足していますので、今後この分野の研究が発展していくことを期待しています。
最後に、妥当な検査のために放射線科医が果たす役割として3つの要素を挙げさせていただきます。ひとつは放射線検査に伴う損失を、偽陽性率なども含めて正しく把握すること。2つめは検査による健康への寄与と損失のバランスを主治医が適切に判断できるように情報提供すること。そして3つめは、Doctor’s Doctorとして、目の前の一人ひとりのことだけでなく、Patients-centeredあるいは Population-centeredの視点でも考え知見を提供することが必要ではないかと考えています。
隈丸 加奈子先生(左)、Jay Starkey先生(中央)、粟井 和夫先生(右)
Part 2 Patient-Centered Radiologyの将来展望
粟井:ディスカッションの前に、「Patient-centered Radiology」という論文をご紹介したいと思います4)。米国では患者さんに直接画像所見を説明している放射線科医は21%しかいないが、放射線科医の多くは患者さんと直接コンタクトを取ることを望んでいる。しかし、日常診療が忙しくて時間がないために実際にはできていないということが報告された論文です。まずStarkey先生にお伺いしますが、米国では被曝量について放射線科医が患者さんに直接説明するような状況はあるのでしょうか。
Starkey:患者さんから質問がなければ基本的には直接話しませんが、検査の必要性や線量について尋ねられた場合には、どのように最適化や低線量化を行っているかなどの説明をしています。
粟井:そのときに説明するポイントはありますか?
Starkey:患者さんの心配に対して答えることです。例えばがんのリスクが心配であれば、リスクを予想できるウェブサイトを紹介します。
粟井:ありがとうございます。続いて隈丸先生に伺います。主治医の先生への情報提供の重要性について述べられていましたが、放射線科医が患者さんと直接コミュニケーションを取ることについてはどのようにお考えでしょうか。
隈丸:私がこの前日に参加したInformed Use of Radiationのセッションでは、多くの国において、検査に関する情報を患者さんに伝えるのは放射線科医の役割で あると認識されていました。日本では放射線科医の関与は「検査の施行から診断まで」という認識が強く、患者さんとのコミュニケーションは十分意識されていないと感じます。主治医の先生だけでなく患者さんに対しても画像診断の専門家として情報発信する体制が必要だと思いますが、その一方で放射線科医の業務過多の現状もありますので、ICT活用も含めた効果的な手段を考える必要があります。
粟井:主治医に向けた、検査の選択の参考となるような資料はあるのでしょうか。
隈丸:米国ではACRからAppropriateness Criteriaが出ており、欧州でも同様のガイドラインがあります。日本の画像診断ガイドラインは放射線科医向けですので、現在JRSの委員会で、主治医向けのガイドラインやツールを検討しているところです。
Starkey:Appropriateness Criteriaは日常的に使用されています。主治医とのディスカッションにも使えるので、私自身も便利なガイドラインだと感じていました。
粟井:日常の診療では、どうしても検査の効率や病院の都合を考えてしまい患者さん本位から外れてしまうことも多いのですが、今後は改めて患者さんの立場に立った検査を皆さんとともに考えていきたいと思います。
本日はありがとうございました。
Selected Reference
- Bauhs, J. A., Vrieze, T. J., Primak, A. N., Bruesewitz, M. R., & McCollough, C. H. (2008). CT Dosimetry: Comparison of Measurement Techniques and Devices1. Radiographics, 28(1), 245-253. doi:10.1148/rg.281075024
- McCollough, C. H., Primak, A. N., Braun, N., Kofler, J., Yu, L., & Christner, J. (2009). Strategies for reducing radiation dose in CT. Radiologic clinics of North America, 47(1), 27-40.
- McCollough, C. H., Leng, S., Yu, L., Cody, D. D., Boone, J. M., & McNitt-Gray, M. F. (2011). CT Dose Index and Patient Dose: They are Not the Same Thing, EDITORIAL, Radiology 259(2), 311-316.
- International Electrotechnical Commission. Medical Electrical Equipment. Part 2‒44: Particular requirements for the safety of x-ray equipment for computed tomography. 2.1. International Electrotechnical Commission (IEC) Central Office; Geneva, Switzerland: 2002. IEC publication No. 60601‒2‒44.
- Zhang, D., Cagnon, C. H., Villablanca, J. P., McCollough, C. H., Cody, D. D., Stevens, D. M., Zankl, M., et al. (2012). Peak Skin and Eye Lens Radiation Dose From Brain Perfusion CT Based on Monte Carlo Simulation. American Journal of Roentgenology, 198(2), 412-417.
Reference
1) | Douglas PS et al.: N Engl J Med. 2015 ;372(14):1291-300. |
---|---|
2) | Hoffmann U et al.: N Engl J Med. 2012 ;367(4):299-308. |
3) | Shiroiwa T et al.: Health Econ. 2010 ;19(4):422-37. |
4) | Jennifer LK et al.: Radiology 2017; 285(2): 601-608 |
Resume
粟井 和夫 先生
広島大学 放射線診断学研究室 教授
1986年 | 広島大学医学部医学科卒業 |
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1990年 | 広島大学大学院修了 医学博士取得 |
1997年 | 広島大学医学部附属病院 放射線部 助手 |
1998年 | りんくう総合医療センター市立泉佐野病院 放射線科 医長 |
2002年 | 近畿大学医学部 放射線科学教室 講師 |
2005年 | 熊本大学大学院 医学薬学研究部 特任教授 |
2010年より現職
隈丸 加奈子 先生
順天堂大学医学部 放射線診断学講座 准教授
2005年 | 東京大学医学部医学科卒業 東京大学医学部附属病院 初期研修医 |
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2007年 | 東京大学医学部附属病院 放射線科後期研修医 |
2008年 | 社会保険中央病院 放射線科医員 |
2009-2012年 | 東京大学医学部医学科 生体物理医学専攻 博士号取得 |
2010-2013年 | ハーバード大学医学部・ブリガムアンド ウィメンズ病院 放射線科リサーチフェロー |
2014年 | ハーバード大学医学部・ブリガムアンド ウィメンズ病院 放射線科 Assistant Professor |
2015年より現職
Jay Starkey, M.D.
Assistant Professor
Department of Neuroradiology
Oregon Health & Science University
USA
2004年 | M.D., University of California, San Francisco |
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2009年 | Resident Physician, Internal Medicine University of California, San Diego |
2010年 | Resident Physician, Diagnostic Radiology University of Iowa Hospital and Clinics |
2011年 | Residency, Radiology University of California, San Francisco |
2014年 | Fellowship, Neuroradiology 聖路加国際病院 放射線科 |
2018年より現職