はじめに
2015年、医療被ばく研究情報ネットワーク(Japan network for Research and Information on Medical Exposure: J-RIME)により国内初の、医療被ばくに対する診断参考レベル(diagnostic reference level: DRL)が発表され、現在の日本の正式なDRL(DRLs 2015)として運用されている。DRLは、国内でアンケート調査等により集められた各医療機関の、標準体型の患者もしくは標準ファントムに対する代表的な線量に基づき、その線量分布の75パーセンタイル値(乳房撮影は95パーセンタイル値、IVRは82パーセンタイル値)として設定されている。
2018年4月の平成30年度診療報酬改定では、画像診断管理加算3の算定要件として、「日本医学放射線学会のエックス線CT被ばく線量管理指針」に基づいた適切な被ばく線量管理(患者単位および検査プロトコル単位での最適化)が挙げられた。これは、当院を含めた特定機能病院において、被ばく管理システムを導入するきっかけとなった。
さらに、2019年3月の医療法改正基づき、2020年4月より、診療放射線に関わる装置を備えている全ての医療機関は、①医療放射線安全管理責任者を定め、②診療用放射線の安全利用のための「指針」を策定、③放射線診療に従事する者に対する診療用放射線の安全利用のための研修を実施、④放射線診療を受ける者の当該放射線による被ばく線量の管理及び記録その他の診療用放射線の安全利用を目的とした改善のための方策を講じることが義務付けられた。
そして、今回の被ばく管理の対象はCT、核医学、血管造影であり、1台あたりの1日の検査数が多い施設や、各々の機器を複数台保持している施設にとって、被ばく管理システム導入は業務補助になる必須のツールである。
管理するべき項目
DRLs2015と、今回の医療法改正基づき管理するべき項目、そして患者に対し提示するべき推定される被ばく線量の項目を(表1)に提示する。なお、CTは、成人では撮影部位毎(頭部・胸部・躯幹・上腹部~骨盤部・肝臓ダイナミック・冠動脈)に標準体重での管理が、小児では撮影部位(頭部・胸部・腹部)及び年齢(1歳未満・1~5歳・6~10歳)での管理が必要であり、核医学は検査及び放射性薬剤毎の管理が必要である。
それぞれのモダリティにおいて管理するべき項目は撮影機器で通常表示される項目であり、再計算の必要はないので、1日あたりの検査数が少なければExcel管理も可能であろうが、作業効率からは被ばく管理システム導入が望ましい。
一方、患者に検査の被ばく線量を提示するには、管理項目では不適切である。そもそも、放射線被ばくの生体への影響はSv(シーベルト)やGy(グレイ)の単位で説明されるものであり、推定される被ばく線量も管理項目ではなく、可能な限りSvやGyで提示するべきである。しかしながら、管理項目から被ばく線量を算出するのは非常に煩雑であり、この部分において被ばく管理システム導入は必須となる。(CTでは、実効線量換算係数を積算することで簡便的に推定算出可能)
表1. モダリティ毎の「診断参考レベル」と「管理項目」と「(説明のための)被ばく線量」の相違
診断参考レベル (DRLs 2015) |
管理項目 | (説明のための) 被ばく線量 |
|
---|---|---|---|
CT |
(1) CTDIvol(mGy) |
(1) CTDIvol(mGy) |
mSv |
血管造影 |
透視線量率(mGy/min) |
(1) 面積空気カーマ積算値(mGy・cm2) |
mGy(皮膚線量) |
核医学 |
実投与量(MBq) |
(1) 放射性薬剤の名称 |
mSv |
被ばく管理システムに望まれる機能とRadimetrics
被ばく管理の目的は、個々の患者に対し、診断に支障が出ない範囲で被ばく線量の低減を図る事(最適化:ALARA(As Low As Reasonably Achievable)の原則)である。すなわち、(1)全ての放射線診療機器について、患者単位及びプロトコル単位で被ばく管理項目を抽出し、(2)それぞれの被ばく管理項目につき、放射線診療機器毎、プロトコル毎にDRLと比較し、(3)それぞれについて更に可能な限り低被ばく化が出来ないかを検討する事である。その他、個々の患者に対して実効線量を推定出来、患者毎の被ばく線量を管理することも重要である。
被ばく管理システムに望まれる機能は上記の管理が出来ることである。具体的には、
- (I)全ての放射線診療機器に対応していること
- (II)被ばく管理項目等を自動で抽出できること
- (III)被ばく管理項目等の自動抽出はRDSR(Radiation Dose Structured Report)の出力可能な機器だけでなく、Dose sheetやDICOM image等から取得可能であること
- (IV)自動抽出した項目につき、患者毎、プロトコル毎に集計し、統計的に分析できること
- (V)抽出した項目から推定実効線量を自動算出できること
である。「Radimetrics」は、上記全ての機能を持ち合わせている。自動抽出は、RDSRが存在しなくてもDose sheetをOCRで読み取る機能も実装する。また、推定実効線量の自動算出として、CTでは、モンテカルロシミュレーションを実装し、臓器吸収線量及び実効線量が算出可能(図1)であり、血管造影では入射皮膚線量マップの作成も可能(図2)である。
図1. モンテカルロシミュレーションを用いた各臓器の推定吸収線量
図2. 入射皮膚線量マップ
被ばく管理項目等の自動抽出における注意点
被ばく管理システムは、被ばく管理項目等の「自動抽出」を持ち合わせているからこそ被ばく管理の効率化が図られ、「自動抽出」は必須の機能である。しかしながら、この「自動抽出」機能が有るからこその大きな注意点があり、どの被ばく管理システムを導入するにしても十分な初期対応が必要である。
先ず、被ばく関連情報は近年、国際規格としてDICOM内のRDSRに格納されることになった。しかし、その歴史は浅く、現時点でRDSRの項目が必ずしも十分とはいえない他、RDSRの機能を搭載していないもしくは対応していない現存機器が数多くある。すなわち、自動抽出できる項目には限界があり、不足分は手作業で入力したり、RISの検査実施情報と併せた管理が求められる。
そして、実際の検査運用とRDSR間の情報乖離の問題がある。通常、撮影方法等のセット項目を放射線診療機器内に登録し、それを使用するのが検査効率化として一般的であり、その「登録名称」は部位名を用いていることが多く、この「登録名称」がRDSRに格納される。ところが、例えばCT検査で、胸部のプロトコルを使用し躯幹撮影を行うなど、「実際の撮影部位」が「登録名称」と異なるケースは多々ある。この場合、「実際の撮影部位」=「登録名称」となる様なプロトコル変更もしくは運用変更を十分に検討しなくてはならない。さらに、その問題が解決できたとしても、同じモダリティでも異なる企業の機器を運用している場合、また、同一企業でも機種が異なる場合、機器により部位名等を格納するDICOMタグが異なる事がある。この様な場合、実際の撮影部位とRDSR内の部位が異なるため、被ばく管理システム内で結果的に間違った部位での集計及び統計解析となり、さらに、間違った推定実効線量が自動算出される残念な結果となる。
Radimetricsでは、少しでもこれを避けるためにプロトコル名の「名寄せ」をする機能が実装され、また、機器毎に、抽出するDICOMタグを変更する事も行われる。ただし、やはり事前準備として、「実際の撮影部位」=「登録名称」となる様な、放射線診療機器内のプロトコル名の変更や、撮影の運用方法の変更を十分に検討することが大切である。ただし、改善策としては、DICOMのタグ情報に頼らず、全ての画像をスキャンするにあたりAI学習などからそれぞれの撮影部位を「認識・判断」し撮影範囲を特定する方法等の開発を、今後期待したい。
当院におけるCT被ばく管理の現状
日本医科大学付属病院では、2018年7月にRadimetricsを導入した。当院では放射線治療計画用CTやAngio-CTやSPECT-CTを含み、9台のCTが稼働しているが、導入当初は上記のごとく多面的な「撮影部位」の問題が生じ、この解決にかなりの時間を割いた。
当院では旧来より、同一撮影部位において機器間の画像の質(見え方)をできるだけ差がない様なプロトコルを作成してきている。ところが、同一撮影部位による解析では、同一企業内のモデル同士でも、複数の企業間の機器でも、CTDIvolやDLPの分布に違いがあることが判明した。そもそもの機器性能の相違やhelical pitch・画像関数や逐次近似応用再構成法などのパラメータの相違によるものと考えられ、この解析結果を受けて、可能な限り画質を担保しながら、機器間のCTDIvolやDLPの分布をできるだけ近づける様にプロトコルを変更する事が出来たのは大きな収穫である。
また、放射線治療計画用CTの線量は他に比べて著しく高く、DRLと比較しても高値であった。放射線治療計画機器が逐次近似応用再構成法など画像処理を行った画像を受け付けないこと、単純CT画像から腫瘍の同定をしていることから、高画質な画像が必要であることから、線量が高値になる事は避けられない。そこで、放射線治療計画用CTについてのみ、DRLと比較しても高値でありながら、最適化を進めることとした。
Radimetrics導入の経緯と医療被ばく管理の現状
2019年3月に医療法施行規則の一部を改正する省令が公布され、2020年4月より医療放射線の線量記録および管理が各医療機関に義務づけられることとなった。当院では2018年度の診療報酬改定により新設された画像管理加算3を算定するにあたり線量管理システムの導入が検討され、CTの線量管理を当初の目標としつつも、その他のモダリティにおける被ばく線量管理を見据えマルチモダリティ対応の医療放射線情報一元管理システムである「Radimetrics」を導入した。当院にはCT装置として診断用CT装置5台、IVR-CT装置2台、SPECT-CT1台、放射線治療計画用CT1台の合計9台(国内外の4社)、血管撮影装置は5台(国内外の3社)、核医学診断装置4台(国外3社)と様々な機種が導入され同じメーカーでも同じ装置はほとんどない状況である。本稿ではこの様な環境でのRadimetricsの運用経験と2020年度の医療法改正に向け現在検討中である血管撮影や核医学検査における医療被ばく線量管理の準備状況を報告する。
CTにおける被ばく管理
CTの被ばく管理に関してはすべてのCT装置でRDSRの出力が可能であり、Radimetricsに線量管理に必要なDICOM画像とRDSRを送信している。Radimetrics導入当初は国内メーカーとの接続過程で文字化けなども経験したが現在は解消されている。管理についてはDRLs 2015(DRL)との比較を実施している。DRLが設定されている検査部位の被ばく線量を調査するためにRadimetricsのダッシュボード機能を用いDRLの設定されている各項目のグラフレイアウトを記憶してワンクリックで表示できるようにしている。
具体的には撮影プロトコル、患者年齢、体重にてフィルタをかけ標準体型群のCTDIvolとDLPを抽出しDRLとの比較を行っている(Fig.1)。当院全体としての中央値に加え、装置ごとに被ばく線量の傾向が異なるため装置ごとの中央値の比較も行い、偏りがある場合は診断の質を落とさない範囲で撮影線量の最適化が図れるか検討している。また中央値の他にも装置ごとに箱ひげ図を作成し標準体型群において線量分布傾向の違いや外れ値の分析をする事でどの様な状況下で線量が高くなるかなど検証できる。なお、検査部門によって同じ部位を撮影してもその目的により大きく線量が異なることを組織として認識しておくことも重要である(Fig.2)。各装置、および撮影プロトコルや体格群ごとに柔軟に線量警告値を設定し、超過時には警告色でわかりやすく表示したり、高線量事例発生時に管理者に対しアラートメールを自動送信する機能の運用も可能であり、DRLに記載のない部位や体重群に関しても自施設での管理幅の設定を検討している。
Fig1. 胸部CTのDLP分布(月単位の中央値とDRLの比較)
Fig2. 胸部CTのDLP分布(箱ひげ図)
また、Radimetricsでは複数の人体モデルから被験者に近いものを自動で選択し、RDSRやDICOMタグ情報から取得した撮影条件からモンテカルロシミュレーションにて臓器線量やICRP publication103の実効線量を計算できる(図1)。さらにAAPM Report No.220に定義されている被写体の水等価直径からSSDEを算出する機能も有している。これらの機能は全例で自動計算できるわけではないが、検査を受けた部位だけが被ばくする特殊な被ばく形態や、個々の患者体型を考慮した被ばく線量評価に活用できると考えられる。
血管撮影における被ばく管理
血管撮影ではRadimetricsにDICOM画像とRDSRを送信することで各検査の透視時間や、患者照射基準点線量、そして透視、撮影、CBCTなどの線量情報を分けて記録可能である(Fig.3)。RDSRにはDICOM画像のみの管理では難しかった透視時間および線量、管球角度などの情報も撮影情報と共に管理に適した形式で記載されている。今後は血管撮影装置自体の撮影プロトコル設定の細分化を進め、ダッシュボード機能を用いて手技ごとに異なる被ばくの傾向を“見える化”することで、個々の患者の被ばく管理はもちろんだが術者教育にも活用していこうと考えている。
Fig3. 頭部血管撮影における撮影タイプごとの線量記録
また、患者の体型や性別、肢位を含めた患者情報やRDSR内のX線の出力情報や管球角度、寝台位置情報などから皮膚線量マップを表示する機能もある(図2)。現段階では一部メーカーで寝台位置情報を適切に取得できていない状況も経験しており、一概に正しく表示できるとは言えないが、装置の線量表示値から推定した皮膚線量が多い症例に対して皮膚線量マップを用いることで皮膚障害の起こる可能性がある部位をより具体的に推定できると考えている。この表示精度を高めるためにRadimetricsの調整や装置メーカーとの情報共有を行っている状況である。
核医学検査における被ばく管理
核医学検査の線量記録、管理にもRadimetricsは対応している。基本的には放射性医薬品情報、及び実投与量の投与核種情報を手入力することが実用的であるが、DICOMタグ情報の取込み設定を行えば、これらの検査情報を各装置からRadimetricsへ自動取込みが可能である。投与量情報からICRPpublication128(一部publication 53)の換算係数を用いて臓器線量や預託実効線量を算出する。CT同様、ダッシュボード機能のカスタマイズにより、検査ごとの実投与量分布等を把握することができる。現状は検査の流れの中で実投与量情報を装置側に入力することが業務上煩雑であるため、実用面の観点からRISを用いての記録と管理を行っている。しかしながら個々の患者さんの被ばく線量を一元管理するにはCTや血管撮影等と同様にRadimetricsに記録することが有用と考える為、将来的にはRadimetricsにて記録、管理できるよう調整を進めている。
現時点でRDSRやDICOMタグ情報を用いた管理は標準的に必要な記録や管理をほぼ満たす情報を備えていると考えるが、導入環境に応じて必要な情報の統一化と詳細な選り分けが重要であり、今後もより良い運用方法の検討が必要だと考える。
情報共有ツールとしての有用性
Radimetrics はWeb参照でデータを確認できることも大きなメリットであると考えている。院内のHIS/RIS端末から検査の実施履歴よりURL連携を用い、該当する検査の被ばく線量を参照でき検査依頼医への情報共有もスムーズである。管理のしやすさの面でも管理者間でダッシュボード機能により作成した多彩なグラフ表示を共有できるため、各モダリティ担当者がその都度最適と考えられる統計データを集約して閲覧することが可能で、時間や場所を選ばずに被ばく線量の確認や管理が行えるのは非常に効率的である。
今回の医療法改正において放射線部門だけでは無く依頼医側が主体となって放射線診療の正当化が求められるようになるため、Radimetrics導入は記録や管理面でのメリットは勿論であるが、自施設での実態を反映した教育や被ばく相談事例においても被ばく線量の一元管理はシームレスな情報共有化が行える有用なシステムであると考えられる。